しりとりで負けないために

「る」の世界


「る」はなかなか奥が深かった。
ぼくの場合、るで困ったときは、「るりかけす」をよく
使ってた気がする。学名:Garrulus lidthiの発音が難しい。
探したけど、「ん」の世界を書いてる所はすぐに見つからず。
ンジャメナ」とか
まだ負けてないもん、などと強がっていた子ども時代が懐かしい。


ひらがなは何文字あるのか?ということを考えていて、
ゑとかゐはたまにふざけて使うからよく知ってるとして、
ひらがなの中にも今までに見たことがない字があった
ということを知って、かなりショックだった。
Unicode(字体その1その2)の"309F"

おお、なんだこれは。これがひらがななのか!
衝撃的な出会いである。


むかし、吉田戦車の『伝染るんです』という本の中に、
頭に包帯を巻いた危なっかしそうな男の人が
「み」と「お」をくっつけたような字を書いて、

「新しい字を発明しました」

と言って見せ、それに対して、相手が

「………どう読むのかね?」

と聞くと、

と、吹き出しの中にそのままの字を呈示する、
という4コマ漫画があった。それを彷彿とさせる。


カタカナにもUnicode字体)の"30FF"

という字があるらしい。
やたら角ばってて、カタカナの特徴を確かに有している。
カギカッコを書く向きを間違えただけなんじゃないか、
と疑いたくもなる。


Unicodeの説明文によれば、
ひらがなの"309F"は、「よ」と「り」の連字(digraph)「より」
であり、
カタカナの"30FF"は、「コ」と「ト」の連字(digraph)「コト」
らしい。
それぞれ、縦方向に2文字をくっつけて1字にしたら
こんな形になるということみたいだ。
ただし、日本語学者のWolfgang Hadamitzky氏によれば、
digraphというのは2文字で1音素(phoneme)のものなので、
これはそれとは違うから、合字(ligature)と呼ぶべきらしい。


それらの差異はともかく、文字をくっつけるというのは、
お習字とかでひらがなの字を崩してつなげる「連綿」
(たとえば、二千円札に源氏物語の鈴虫の帖が描かれてるけど、

この書体みたいな感じ。)
というのと本質的に同じことなんじゃないだろうか。
そもそもひらがな自体が漢字をやわらかく崩してできた字体
であるわけだし、よりやコトも発生学的に自然な形だと思う。


俗字の辞典


もうすこし広い視点で俗字を集めたものがあった。
吉田戦車の〈み〉――いつも、「み」と読みたくなるけど、
実際は鏡像だし、よく見ると「あ」だか「お」の前半も
混ざってるので読むに読めなくて、うっと詰まる。――
もこのリストに入っているので、考えることは同じか。
柳瀬尚紀氏がいくつか新しいひらがなや漢字を
Finnegans Wakeの訳のために作ったらしい。
自分で新しい文字を作るのは結構楽しいと思う。
漢字テストでど忘れしたときなどには、自分なりの
イメージで新字をよくねつ造したものだった。
いまだに、たとえば、「辞」とか「韻」の字の偏と旁が
どっちがどっちだったか書くときにいつも悩んで、
ついつい反対側から書き出してしまうことが多い。


大学に入ってすぐコンピュータリテラシの授業があって、
コンピュータの最低限の読み書きができるようになろう、
という趣旨だった思うけれど、そのときの講師が
――「今はおまじないだと思っていてください」が
口癖のちょっと変わった先生だったので憶えてる――
アンド記号&のことをampersandと呼んでいて、
えっこの記号にそんな名前があったのかと思った。


そのことをなぜか突然思い出して、調べたら

The word ampersand is a corruption of
the phrase "and per se and", meaning
"and [the symbol which] by itself [is] and".

という意味らしい。
それで、なんでこんな形になったかと言うと、
ラテン語のandに相当する"et"(そういえばフランス語でもetだ)が、

こんな風に、大文字のEと小文字のtがくっついて1字になった、
すなわち、また出てきたけどligatureということ。
文字の進化っておもしろい。

よく見なれた左側の形に比べて、この右側の造形とか
芸術的とすら言える。かなりこの形気に入ってしまった。


だいぶ話が広がったけれど、元々しりとりの話だった。
むかし中高校生のとき、10秒1秒しりとりが流行って、
つまり、10秒1秒以内に答えなきゃいけないという
制約付きしりとりなのだけれど、ちょっとでも詰まると
すぐに負けてしまうので、かなり白熱して盛り上がった。
そのときに、誰かが「び」で終わる単語を言って、
焦ったその次の番の人がちょっと詰まって、あわや
ゲームオーバーかと思われた瞬間に、とっさに早口で
ビックリマンチョコと答えて凌いだのが印象的だった。
冷静であれば、ビルなりビデオなり、他にいくらでも
もっと簡単な言葉が見つけられたはずなのに、なぜ。


それを誰が答えたのか長い間、謎だったのだけれど、
実はそれが僕自身だったと教えられてさらに驚いた。
自分が言ったことを忘れて、言った内容だけを
どういう目の付けどころなんだといぶかる気持ちが
強くて、第三者的な記憶にすり替えてしまったらしい。
要するに、自分でも出自がまったく不明なので、
あの場面で「び」からよく連想したと感心する。
しかも、ライオンと言いかけて慌ててキングを
付け足すみたいに、一瞬、ビックリマン、ん、
あーダメか、と思わせておいて、チョコを
付け足して回復するなんて、やけに心憎い演出で、
こんな味はもう二度と再現できないに違いない。