球に裏返されても

Switch Pitchについての田崎さんの怒涛の熱い考察(5/125/135/15
を読んでたら、空間認識についていろいろ考えた。


ものすごく柔軟でどこまでも自由自在に伸び縮みできるモノを考えると、
コーヒーカップとドーナツは「同じ」(どちらも穴が1つのトーラス)

という例が数学のトポロジーという分野でよく引き合いに出される。
では次に、

この2つは同じでしょうか、ちがうでしょうか?
頭の中で、ここを縮めてこっちにつつーと移動して、ここを
こう変形してくるっとすると、ほら同じになった。


頭の中だとムリな場合は、指で輪っかを作ってやってみよう。
まず左手の親指と人差し指をくっつけて輪っかを1つ作る。
次に、その輪っかの中を1回通るように、右手の親指と中指を
くっつけて右手でも輪っかをもう1つ作る。この段階で、
両腕と、腕をつなぐ胸とかまで考えるともう図の左側の形に
なってるけど、いまいち想像しにくいので、腕はムシすること
にして、手首から先は今はつながっていないものとしよう。
指だけで考えることにして、今左手の輪っかと右手の輪っかが
からまってる状態なので、さらに、右手の人差し指を
左手の人さし指もしくは親指(輪っか同士をからめるときの
上下によってどちらかになる)にくっつける。
これで、図の左側の形の完成。ここから、指と指が離れない
ようにずりずりずらして行くと右側の形に持って行ける。
(のをこれから説明しようと思ったけど、言葉じゃムリ。)
やっぱり、頭の中で想像して変形した方が自由がきいて
便利ではあるような気がする。


この話をずっと前に聞いて、そのときは紙に絵を描いて
どんどん変形した絵を描いて理解したような気がする。
その後でもっとすごい動画を見せてもらったのだけれど、
探してみたら見つかったので、久しぶりにじっくり見た。
球の裏表をひっくり返すことは可能か?という問題で、
ただし、自分自身と重なってもよいという条件を付ける。
イメージでは、ゴムボールをぐいっと押してへこませて
勢いあまって向こう側に突き抜けて裏側が出てくる、
というような操作を許すことにする。と言っても
破れたりしてはいけないので、自分自身と重なっても
すり抜けるような理想的な架空の球を想定する。


それで、単純にぐいっと押してへこませていって
裏返そうとすると、途中までは上手く行くけれど、
最後のところでどうしても裏返せない1点が
残ってしまうので単純なその方法だけだと失敗する。
言い換えると、べこっとへこませて向こう側に
押し込んでいくと、自分自身との交点、つまり
球の表と裏の境目が円になって、いくら押し込んでも
その円を1点に収縮してつぶして消すことができない
ということだと思う。


などと御託を並べ、いくら言葉で説明したところで
ちっともイメージできなさそうなのでその動画を貼る。
The Optiverse


もう余計な説明は何もいらないと思うんだけれど、
補足すると、この変形は数学者のBernard Morinが考えたもの。

He has been blind since age 6, but his blindness
did not prevent him from having a successful career
in mathematics.

さらにこんな話があるらしい
どうやって幾何を専門としたかを問われて、

「私は生まれつき目が見えないからこそ、皆さんが見ている3次元には
とらわれません。数式を頭の中で整理し、それが3次元以下であろうが
4次元以上であろうが、私には関係のないことです。
皆さんは目が見えることで3次元と4次元に決定的な差があるでしょうが、
私には同等です。」

ここによれば、先日紹介したEulerも晩年の17年間は盲目だった。
目が見えないことが、想像力を豊かにすることもあるかもしれない。
特に、空間把握能力などは、見るという光学的な物理的制約による
先入観とか経験則に頼らない見方の方がよく見えてもおかしくない。


ところで、この球の裏返し(sphere eversion)というのは、
Smale's paradox(1957)として知られ、
上の動画のMorin(1967)以外の方法も見つかってて、
William Thurston(1974)も解を見つけた。
どこかで聞いた名前だと思ったら、Poincaré conjectureで出てきた
Thurston's Geometrization conjectureのこの人ではないか。
フィールズ賞ももらった有名な人。


彼の方法は、表面を波打たせて("corrugations")

ひねって巻き込んで裏返して行く感じ。動画の方が分かりやすい。


これをずっともっと詳しく丁寧に解説してくれてるビデオも見つけた。
Outside In
http://video.google.com/videoplay?docid=-6626464599825291409
がんばってこの数学+英語を解読されてる方もいらっしゃった。
球面を裏返す方法その2)。


毎度ながら、調べれば調べるほどどんどんいろいろなことが分かって
止め処なくなってしまい、それがまた、なかなかにおもしろい。
振り返ると、Switch Pitchの紹介文から幾何学的なおもしろい
動作をするおもちゃを連想して球の裏返しの話を思い出した。
でもよく考えたらSwitch Pitch自体も球の表と裏を入れ替えなので、
実はもともと根底でつながっていた話だったと捉えることもできる。


どれも、人間の頭で一体どういう思考をすればたどり着けるのか、
皆目見当がつかないけれど、これを確かに思いつけた人達がいる
という事実は絶対に揺るがないので、そこに少しでも近付きたい
と願うことはたぶんまったくの無駄な努力ではないはずだ。
目で見て、ある瞬間に分かるときがくるのは非常に心地よい。
でも、最初にこれらを見つけた人はどうやって見たのだろう?