歩きながら読みながら線を引きながらだとうっかり

予定していた電車がちょうど目の前で閉まって乗りそびれた。
こういうときに限って、時刻表より気持ち早めに運行している。
次のだとお昼ご飯にすこし遅刻するけど、焦らず次を待った。


はるか昔に印刷した論文で、何度か目を通そうとして、
そのたびに途中で、何かが違い、読み進められなくなるの
があって、でもすごく重要だし、自分がやりたいことにも
深く関係するし、いつかちゃんと読まないといけないな、
と敬遠しつつ待ち望んでいた論文を今度こそ読み始めた。


読むべきものはすでに手元にあることが多い。
書くべきことについてもまたしかりだろうか。


読んでいるという臨場感を高めるために、いつになく
赤や青でいっぱい線を引きながら、電車が揺れて線がゆらぐ。
二色だと、ある法則性で色分けしていてもすぐ足りなくなる。
ほとんど全文章に下線を引きたくなるのをただこらえるだけ。


しばらく前まで陸橋の床が剥きだしになっていて、
貼られていたタイルが剥がされたかどうにかしてて、
ほんの数センチくらい床が低くなって変だった。
そこがアスファルトで舗装されていて、そう言えば
陸橋の歩くところもアスファルトを敷くのかと思った。


保坂和志が『真夜中』という雑誌に、というか、
カギ括弧を付けないと雑誌名だと気づけないくらい妙だ
といつも思う雑誌に「『インランド・エンパイア』へ」
という連載をしていて、見たことない映画についての
評論だから、わりと遠巻きにいつも読み飛ばすところ、
いつも通り、映画評だろうと高をくくっていたらカフカ
のことが書かれていて、一方「城」について連載してた
『新潮』の方はあの後どうなっていたのか最近見かけない。


『真夜中』に唐突気味に紹介されたところによると、
カフカは自作をサロンで朗読するのをとても好んだ。
しかも、一行読むたびに爆笑を誘った、のだと言う。
理不尽だったり不条理、やけに難解な話ばかりなのに、
カフカ本人が読むと大いにウケて笑いが巻き起こった。
自分の書いたものをカフカはどう読んだんだろう。
分からない、と思いながら読むのは間違ってるのかも。
堅苦しくて生真面目な人ではなかった可能性を考える。
壮大なシュールに笑い転げるのを期待していた、とか。


もうひとつ、これ以上ないくらいどうしてそんな
タイトルをつけるのかと訝しがらざるを得ないが、
翻訳家の柴田元幸責任編集とのお墨付きの
雑誌に『モンキービジネス』というのがあって、
最新号に柴崎友香の「海沿いの道」が載ってた。
ロックコンサートに行って突発性難聴になった
主人公の感じ方がやけにリアルでそこだけなら
エッセイなのかと勘違いしそうな書きっぷり。
現にコンサートに行ったときのことを鮮明に
書きつづったエッセイも読んだことがあるから、
実体験を多かれ少なかれ反映してるのだろう、
逆に、どこからが創作なのかといつも、惑う。
小説だからすべて小説なのだと念じていても。


保坂和志が『文學界』に連載中の「カフカ式練習帳」は、
こんな風に、と言ってももちろん真似できるわけでなし、
ただイメージとしてこんな感じとしか言いようがないが、
段落ごとにどんどん話題が変わって着いていくのが大変。
それは何かに似ているけれど、それは何だろうと考えたら、
小島信夫の書き方に近づいているんじゃないかとはっと
気付き、そしたら妙にすっきり納得できた気がしてきた。
さらに先鋭化して段落がなくなれば、きっともっと似る。


他方、保坂さんはひと頃よりもめっきり連載が増え、
『真夜中』と『文學界』だけに留まることなく、
『群像』での「未明の闘争」もゆっくり進んでいる。
さらに、『ちくま』でも新連載が始まったらしいのに
こちらはまだチェックできていないので、気になる。
薄い冊子なのにいい連載をすることの多いPR誌。
まだ見ぬそのタイトルは、「寝言戯言」だそうな。
なじみの図書館に入らなくなったのでどこで探すか。


『群像』と言えば、青山七恵の「わたしの彼氏」は、
だんだん変な方向に話が進んでいたのでぎょっとした。
おっとりした落ち着いた感じの作家だから、油断した
のかもしれなくて、壊れても大丈夫な安心感があった。
そうそう、同じ『群像』に山崎ナオコーラが満を持して
新連載「昼田とハッコウ」を始めたのは知っていた。
タイトルからして無茶な感じがして、結構好きだ。
第一回を読んでから随分経つまで、昼田を「ひるた」
と読んでいて、脱力しそうな名前だと思い込んでいたら、
あるとき、これは「ヒルダ」と読ませたかったんだ
とひらめいたら、無難なタイトルに一変してしまった。
だから価値が下がるわけでもなく、話の設定の
荒唐無稽さとか、意図的なズレを保てるところとか、
アバンギャルドな文体は楽しそうだし読んでも楽しい。


いろいろ追い掛けたい連載がこうして増えてくると、
そう考えると、毎月文芸にひたると意外に忙しい。
ほんの数年前まで、文芸誌の発行間隔など到底待てず、
かと言って気を抜くと、すぐに一回読み損なうだけで
本屋にないとバックナンバーを探すのがめんどうだしで、
本になったものしか読まなかったのに、忍耐力がついた。


敷かれたばかりのアスファルトで道の半分はまだ
乾いてないのかコーンが並べられて道が細くなった
陸橋の上でも、線を引きながら論文を読んでいた。
重要な結果に差し掛かりつつあり、目が離せない。
階段を降りて歩道に差し掛かって一度顔を上げたら、
まだお店は先だから前に着いたら左の店内に入ろう、
と確認してから、考察を読みながら歩き続けた。


後ろから、おーいという声が聞こえて、ふり向いたら、
お店の外までじきじきに呼びに来てくれたボスがいた。
いつの間にか目的の店をかなり通り過ぎててびっくり。
夢中でも複雑な方法論と議論は消化しきれなかったけれど、
読むのをやめたら食欲がわいたのでありがたく頬張った。