石に奏でる音もて耳を清まさば

五年半ほど前に白川静の「遊」の字源解題に感銘を受けて記事を書いた。
「神は遊ぶ」2009年4月21日
http://d.hatena.ne.jp/openlimit/20090421


普段はすっかり忘れているのだけれど、どうも2、3年に一回は思い出すらしい。
今回の述懐。

遊の字で思い出したが、白川静の漢字の解題は何度読んでも蠱惑的だ。
折に触れて想起されるゆえ、よほど気に入った解釈には違いない。
実際、何度読み返しても涙が出そうになるくらい説得力を感じ取り乱す。
咒術的なものへの憧憬と畏敬を掻き立てる。


これは、3年前のつぶやき。

遊びという言葉で、以前自分のブログに白川静さんの解釈を紹介したのを思い出した。
白川さんの世界観はたまらなくおもしろい。
漢字を作り上げた古代人の精神に寄り添うやさしさにまた打たれる。


もともと遊ぶということのイメージを自分の中で構築する上で影響の強かったのは、
中学から高校の時分の、森博嗣の作品に傾倒していた頃の読書体験にあると思う。
http://matome.naver.jp/odai/2134659646537551601
遊びに関しては趣味も仕事も徹底している、子どもらしさが一番しっくりくる。
そういえば、犀川&萌絵シリーズがもうすぐドラマ化される。時代も変わったものだ。


閑話休題。白川による字源学に対する批評として最近読んだものとして、
田畑暁生(2012)「白川静ブームとその問題点」
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81004269.pdf

抑制の効いた筆致の批評。かつての権威であった加藤常賢らの依拠する「説文解字」や
藤堂明保の音韻論による「単語家族」の発想と、白川の字形に基づき古代人の観念や
思惟を推測する手法を比較検討。


この批評の結びのところで白川静の後を継ぐ研究者として、
落合淳思が紹介されており、この方の新説が紹介されている。

「石」の字源について注目すべき新説を立てた若手古代中国史家の落合淳思氏も
立命館大学に)在籍している。落合は著書『甲骨文字小字典』(2011)の中で,
「石」字に含まれる「厂」の部分は「がけ」ではなく,石磬(せきけい)という
三角形の石製打楽器の象形ではないかとの新説を提出している


この慧眼とも言うべき指摘を紹介するブログ。
http://blog.goo.ne.jp/ishiseiji/e/a427ff3a0a512c9238087b1379dc57db

石 セキ・コク・シャク・いし  石部

「厂(がけ)+口(いしころの形)」の会意。
崖の下にころがっている口(いしころ)を表わす。これが広く行われている解釈である。
しかし、気になるのは甲骨文字の崖のかどが三角形になっていることである。
落合淳思氏は『甲骨文字小字典』で、「殷代には石磬ケイと呼ばれる三角形の石製打楽器が使われており、
三角形はこれの象形である。石磬が祭祀で使われることから祭器の形の口サイを加えた形が石である」
とし、石は石磬を用いた祭祀、および石の意があるとする。

自分の姓名に刻まれた漢字の字源には誰しも興味がわくものだろう。
興味深い新解釈の周辺に心惹かれて、いろいろ探してみた。


甲骨文字の「石」の左上にある三角形の形象の元になったとされる
石磬(せきけい)がどのようなものか歴史から丹念に詳しく解説した動画を
見つけたので、食い入るように見てしまった。中国語だが、漢字表記と
英語字幕が付いているので内容の理解には支障はない。
http://www.youtube.com/watch?v=84AuyO7-jEw

「国宝档案 中国古代石磬」YouTube (13:02)

特に見所のひとつとして、3:14頃から甲骨文字の字形の解説があり、
「磬」の字はつるされた石を叩いて鳴らしている象形だと解されている。

上半分は石片がつるされている形を表すとの解説部分の画面キャプチャ。


石磬の形は角度が135度と決まっており、この角度が「石」の厂部分の
形にそっくりであるとするなら、がけという解釈よりもしっくり来る。
中国語の動画を最初から最後まで、途中を何度も繰り返してまで
こんなにためつすがめつ観たのはこれが初めてだと思う。


また五千年前の石磬(せきけい)の音色を現代に蘇らせ、合奏したものに

「埙与5000年前的石磬合奏:送別」(youku動画)
http://v.youku.com/v_show/id_XMTkwMjAyNzYw.html

がある。再生が重いのでなかなか視聴しづらかったが聴く価値はある。
小さな石で高い音の場合は、鉄琴のような音色を奏でるようだ。


石という漢字は簡単なようでいて、習字などで書くのは案外難しい。
これからは、鳴っている音や古代の祭祀を想像しながら書くようにすれば、
祈りがまとわってすこしは端正な形に書けるようになるかもしれない。