すべての整数の最小公倍数α

オイラー探検 無限大の滝と12連峰』を、
細かい数式を追わずにざくざくっと読んでみた。
ζ研究所でもおなじみの黒川さんの本。
(汗をふきふきしながら、ものすごく熱心に講義される先生。)
特に第2部は全12章からなり、ひと月に1章味わうと
ちょうど1年で読み終わる、と著者は書いているので、
こんなにも雑な読み方はあまりにひどいのだが。


その中で、「直感的に」すごく分かりやすい「計算」があって
思わず納得してしまったのでちょっぴり紹介する。
よく、発散するはずの無限級数が実は有限の値に収束する!
というびっくり仰天な式があって、たとえば、

 1+2+3+4+5+\cdots = -\frac{1}{12}

あれれっ自然数の和なんだからどんどん大きくなって
もちろん無限大に発散するんじゃなかったの?
しかもなんでよりにもよってマイナスになってるんだ?
なんかうさんくさいな。という等式がある。


本当にこんな風になるのか、導出してみよう。
ただし、あくまで「直感的」に行くので、
厳密なことは、この際、思いきってムシする。


等比級数の和という中学生でも知ってる公式
1+x+x^2+x^3+\cdots = \frac{1}{1-x}
から出発する。


この両辺を微分すると、
1+2x+3x^2+4x^3+\cdots=\frac{1}{(1-x)^2}
となる。


ここで、x=-1を代入してみよう。
おいおい、そんなこと許されるわけないだろ、
とつっこもうとされた方は実に正しい。
でもここでは気にしないでえいやっと入れる。
(ちなみに、x=1を入れると発散してる。)


すると、

1-2+3-4+5-6+\cdots=\frac{1}{4}

この式だけでも、左辺が有限項だったら
振動してるはずなのに、なんで右辺が有限の値に
確定してるのか不思議と言えば不思議。
でもここからさらにもっと飛躍してみる。


この式を自然数全体の和から偶数全体の和を2倍して
引いているものとして眺めてみる。
1-2+3-4+5-6+\cdots
=(1+2+3+4+5+6+\cdots)-2(2+4+6+\cdots)
=(1+2+3+4+5+6+\cdots)-4(1+2+3+\cdots)
=-3(1+2+3+\cdots)=\frac{1}{4}


よって、

1+2+3+\cdots=-\frac{1}{12}

となって、全自然数の和は-\frac{1}{12}になった!
これはζ関数で書くと、

\zeta(-1)=-\frac{1}{12}


同様にして、

1^2-2^2+3^2-4^2+\cdots=0
1^2+2^2+3^2+4^2+\cdots=0
1^3-2^3+3^3-4^3+\cdots=-\frac{1}{8}
1^3+2^3+3^3+4^3+\cdots=\frac{1}{120}

なども見つけている。オイラーはすごい。
なんでこんな奇妙な式を見つけたんだろう。


ところで、上の「導出」の是非はともかく、
ちゃんと収束性とかを気にするとすると、
「解析接続」とかを考えることになって、
そうすると答えはちゃんと正しい。
物理の方では「くりこみ」に関係するらしい。
カシミール効果で実証されたとかとか。


同じような論法の「ホラ」話のことが
文元さんのココの文章にも書いてあったのを
前に読んでいたのを思い出した。


さらに遡って、中学生のときに同じクラスの友達が、
循環小数を拡張して『循環整数』というのを作ろう!
と言って具体的な計算をたくさん見せてくれて、
それがなぜか整合的に上手く行くからすごくない?
と興奮気味に教えてくれたことがある。
そしてその計算では、『すべての整数の最小公倍数』
というのを考えると都合が良いということで、
その数を友達の名前にちなんで、αと名付けよう。


という話になった。その当時は、正直なところ
その計算のすごさがよく理解できてなかったし、
なぜそれでうまく行くのかはもっと分からなかった。
でも今ならなんとなく、理由がある気がする。
そのときの「ホラ」具合が上の例とよく似ている。
環論とかを使えば正当化できるんじゃないかな、
という気もするけど、本当のところどうなんだろう。
その後、カッコいい数学屋さんになっているので、
今度同窓会か何かで会えたら詳しく聞いてみよう。


数で遊べるってうらやましい。