asymptotic freedom

漸近的自由…という言葉を思い出しました。
遠く離れているほど、強く引き付け合う性質のこと。
その名も、「強い力」っていうやつです。


残念ながら、恋愛の話ではありません…。
意外なほどアナロジーが成り立ちそうな気もしますが。


遠く離れているほど拘束してしまうのです。
だから、クォークは単体では見つかっていません。
近くにいれば、自由なのにね。


ようやくテストや課題が収束した感じ。
収束→漸近→…という単純な連想ゲームでした。


あと、覚えている範囲で、空白の期間に
思いついたことなんかをメモっとこう。

マルチスレッド・プログラミングをしているときに。

人間にしかできないこと:
ぼくらの脳は、基本的に、スレッドunsafeなんじゃないか。
創造性というのは、そこからやってくるのかも。


コンピュータだと、同じメモリ領域に対して
同時に複数書き込みしようとするとデータが壊れるし、
書き込んでる途中に無理やり読もうとすると、正しく読めない。
でも、読むのを同時に複数行うのは、これは安全。
だから、たとえばJavaにはReadWriteLockパターンが用意されてて、
誰かが書いてるときは、他の人は書いたり読んだりできないし、
誰かが読んでるときは、他の人も読めるけど、他の人は書けない。
複数のプロセスを並行して走らせるときは、
そうやってデータを守るためにLockしなきゃだめ。


でも、人間ってLockしてないと思う。
たとえば会話してるとき、話を聞きながら次に自分がしゃべる
ことも考えてなきゃいけない。
聞いた内容を覚えておくためにどこかに書き込みつつ、
その書き込み途中のを読み取ってすぐ編集してしゃべり出す。
そんなunsafeな、PC的にはデータ破壊が起きてるような状況で、
でもおかしな組み合わせが起きる、それが創造かもしれない。

文脈自由文法についてかんがえていて。

文脈から自由になるとは:
もちろんCFGにおいては、きちんと定義されている。
Chomsky標準形とかGreibach標準形とか、とかとか。
ちなみに、よく勉強したのに、ここはテストで出題なし。
代わりに、NPDA(非決定性プッシュダウンオートマトン)が出た。
講義でやってないから、まさか出ないよね?と思ってたのに出た。
遷移が途中で分岐するなんて!混乱しちゃって解けなかった。
講義でやったこと、という文脈から抜け出せてない証拠やね。

N先生のテストにて。

No-Goタスクかと思いましたよ、まったく:
答案用紙が先に配られていて、問題用紙が表向きで配られました。
講義室内はシーンと静まり返り、時が止まったかのようです。


沈黙がだいぶ続いて、かなり時間が経ってから、
後ろの方から誰かが手を挙げて質問しました。
「もう始めてもいいんですか?」


「えっ?」  試験中だということを忘れて、
かなり大き目の間抜けな声を出しちゃった。はずかしー。
いつまで経っても先生が開始の合図をしないので、
みんな息を潜めて待っていたのでした。
その人が勇気を出して指摘してくれなかったら、
ずっと待ち続けてたかもしれず…。


そうか!正式なテストやったら、始めの合図があるんが
普通やもんなぁ、そっかそっか、
と関西弁でしきりに納得されている試験監督のN先生。
頼んまっせ〜しっかりしてくれはらへんと困るっちゅうねん。


あの待ってる間、みんなの前頭野がばりばり発火してたはず。

ある雑誌の切抜きから。

PCがスパゲッティに負ける日:
たとえば、数を大きい順に並び替えるとき、
数をどんどん増やしていくと、そのうち、
デジタル計算機がスパゲッティに負ける。


と書いても、何のこっちゃよう分からへんで。
スパゲッティが計算している様を想像してみて?


どういう文脈で引き合いに出されていたのかを、
とーるさんが教えてくださったところによると。
サヴァンの人が素数を瞬時に言い当てられる、
といったことを説明するためには、その人たちには、
ある種の内観として「見え」ているとしか思えない。
それを理解するには、ガジェットと呼ばれるアナログ計算機
に類するものをイメージするしかないのではないかと。

とある思考実験。

隠すことによって情報の価値が上がる:
たとえば、彼女いるの?と質問されたときに、
いますいます、もちろんいますよ、と答えると、
聞き手は、あっそう、よかったね、と思って、
興味を失う可能性が結構高そうだけれど。


逆に、うーん、ええと、そうですね、うーむ…、
とお茶をにごすと、聞き手は好奇心をかきたてられ、
聞き手にとっての情報の価値が上がるという仮説。

本や論文から。

ひっかかる言葉;
そうでなさ性、切り閉じる、調停する、無効にする、
後ろ3つは、PYの対話編において必須語のようだ。
が、何度読み返しても、掴みあぐねすり抜けてゆく。


何に興味があるの?と問われれば、
自己言及とか内部観測、自意識ですかね、と即答しそうなこの頃。

なんちゃって誤変換。

こーぱす・かろうさむ・ぐらんど:
のうりょうせん、どうする?って言われて、
corpus callosum glandなんてあったっけ?
というか、なんでそんないきなり専門用語を
ミニ打ち上げの席で訊いて来るんだろう?
と必至で、瞬間、深く悩んでしまった。


相当、思考回路がやられているかも、何かに。
のうりょうせんでも行って、頭冷やすべし。