マヨラナの夢、0νββ

100年少し前に生まれたイタリアの物理学者
Ettore Majoranaが30代になったある時、
突如、行方をくらませた。


フェルミ曰く、アインシュタイン
ディラックを凌ぐ天才であったと言う。

There are many categories of scientists,
people of second and third rank, who do their best,
but do not go very far. There are also people of
first class, who make great discoveries, which are
of capital importance for the development of science.
But then there are the geniuses, like Galileo
and Newton. Well, Ettore was one of these.
Majorana had greater gifts that anyone else in
the world; unfortunately he lacked one quality
which other men generally have: plain common sense.

Enrico Fermi
http://en.wikipedia.org/wiki/Ettore_Majorana


この最後の一文がなんかすごいこと言ってる。
よっぽど変人だったということに違いない。


マヨラナの功績で一番有名なものは、
粒子と反粒子が同一であるような素粒子
存在を理論的に予言したことである。
そのような粒子はマヨラナ粒子と呼ばれる。


一般に荷電粒子の反粒子は互いに符号の異なる
電荷を持つので同一粒子とはなり得ない。
しかし、中性の粒子であれはその限りでない。
実際、ニュートリノ左巻きしか観測されていないが、
その反ニュートリノ(右巻き)がニュートリノ
同じ粒子であれば、ニュートリノマヨラナ粒子となる。
(もし違う場合は、ディラック粒子である。)


そこで、もしニュートリノマヨラナ粒子ならば、
自分自身が粒子でありかつ反粒子であることになる。
すると、ニュートリノが2個ぶつかると対消滅する!
そのような状況はきわめて稀だが生じる可能性があり、
二つの中性子が同時に崩壊する二重β崩壊である。

ニュートリノレス二重β崩壊(0νββ)

反応するクォークだけを描いたもの。
http://en.wikipedia.org/wiki/Double_beta_decay


一方、ニュートリノディラック粒子である場合は、
二重β崩壊で生じるニュートリノ対消滅せずに
2個出てくるので、エネルギースペクトルが変わる。


この現象を発見して反ニュートリノの性質が
マヨラナ型なのかディラック型なのか、
決着を付けようという実験の試みが世界各国で
長年行われているが、いまだに観測されていない。


マヨラナ31歳のとき、パレルモからナポリに向けた
船の中で突然、失踪する。ことの真相は諸説入り混じる。
中でも一番エキセントリックな説は、生きている状態と
死んでいる状態を重ね合わせたシュレディンガーの猫
自ら体現したのではないか、というとんでもない仮説。
ブルバキの1人だったグロタンディークと言い、
ポアンカレ予想を解いたペレルマンと言い、
あるとき突然身を隠すのは天才の所業なのか。)


もしニュートリノマヨラナ粒子であるならば、
ニュートリノの重さが重いとすることによって、
ニュートリノの軽さをシーソー機構で説明できる。
さらに、宇宙創世紀の物質生成も導かれると言う。


2重ベータ崩壊と宇宙の物質生成
http://rarfaxp.riken.go.jp/~seminar/MonthlyColloquium/poster/note/kishimotosan.pdf
2重ベータ崩壊とCANDLES実験
http://genshikaku.jp/5102CANDLES.pdf


ディラックはかつてこう言った。

"God used beautiful mathematics in creating the world."


マヨラナ粒子が見つかれば美しい理論が救われ、
そしてマヨラナご本人も本望に違いない。


ちなみに、ディラックが数学的美しさから
予言したモノポールもまだ発見されていない(※註)。


モノポールは去年のNatureで多体系内でなら
理論的に予言されてたのは知っていた:
Magnetic monopoles in spin ice
http://www.nature.com/nature/journal/v451/n7174/abs/nature06433.html
http://arxiv.org/abs/0710.5515
3 January 2008, Nature


でも、つい今月初めのScienceで実際に観測の報:
Dirac Strings and Magnetic Monopoles in Spin Ice Dy2Ti2O7
http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/1178868v1
Published Online September 3, 2009


Magnetic Monopoles Detected In A Real Magnet For The First Time
http://www.sciencedaily.com/releases/2009/09/090903163725.htm



"spin spaghetti" of Dirac strings.
(Credit: HZB / D.J.P. Morris & A. Tennant)


ただし、単体の粒子としてのモノポールではない。
あくまでcondensed matterとして実現しただけ。


可能性として、マヨラナ粒子cond-matとして
実現できるのかな。ちょっと難しいよね。
多体系の反粒子っていうのが未定義だし。
でも、いつか0νββが観測されたりして、
マヨナラ粒子が発見されることを祈る。


計算が上手く行ったり行き詰まったり、
予言が成就したり、外れたりするのに
一喜一憂するところは物理じゃなくて、
それをやってる人がすることである、
ということに前は無自覚だったと思う。
今まで知らなかった新しい結果を知って
興奮したり、夢中になる主体もそう。
分かったらうれしい、ついたくさん書く、
でもそれは一体なんでなんだろうか。


粒子のマヨラナ性とか、"spin spaghetti"とか、
すげーよ、と純粋に思うのは「誰か」って。