和達さん最終講義

和達三樹さんの最終講義を聴きに本郷に行って来た。
冗談まじりに研究を振り返り紹介しつつ、さらに、
研究者・教育者としての人生訓を語って下さった。


メモを一切とらなかったけれど、いくつか覚えているのを
ここに書いておこうと思う。


長嶋茂雄風に言いますと、

最終講義というのは初めての体験なのでありまして。


研究生活のあり方について。

独創的な生活と平凡な研究
 よりは
独創的な研究と平凡な生活

2通りずつなので、全部で4通りの組み合わせがあるが、
特に上の組み合わせはよくない。


留学して院生になって、

単位なんてどうでもいいから、論文書け、と言われて
2年で論文書いたら、ドクターをもらえた。

司会(柳田):普通だったら、マスターですよね?
和達:いいんだよ、そんな細かいことは。
司会:自分のとこ(研究室)のM2がいきなりドクターをもらう
   なんて想像もできないですね。


子ども時代(小学生くらい?)の写真を見せて。
近所の子どもたちと一緒に映った写真で。

この隣にいるのが、国家の品格を書いた藤原正彦です。
私のことを引っ叩いたりやり返したりしてました。

初心忘るべからず
なぜ、物理学科を選んだのか

なぜ、を大切にしたい。
たとえば、なぜ水には液相、気相、固相の3態があるのか。
私なりに答えは持っていますが、みなさんにも
自分なりの答えを見つけてもらいたい。

”基礎”というのは、まだわかっていないこと、
まだ確立されていないことをやることを意味する。(湯川秀樹


研究は、

はじめはMinorityの方がよい

(ずっとMinorityではちょっとまずい)

自分の研究成果は、今はまだ認められていないが、
100年後は必ず認められて主流になっているはずだ。
というようなことを言う人がいますが、
100年後にはあなたもいないし私もいないし、
そんなこと私に言われても困ります。
自分が生きているうちに主流になれるに越したことはない。


研究に

困ったら磁場をかける

パラメータを増やすと、いろんなことができたりする。

なぜ電場ではないか、というのは難しい問題である。

似た図が出てきたら、原因や理由が同じである場合が多い。

本質的な問題において、同じ問題が他の分野ですでに解決されていることがある。

(他の分野の)Natureも読めるぐらい、研究に余裕があるとよい。

よい情報は、信頼した人間関係から

いろんな分野の人をどんどん共著者に入れてあげて、
いろいろ教えてもらうといい。

共著者の数を増やして困るのは、ノーベル賞をもらうときぐらい。
そのときは、3人まででないともめるかもしれない。

数学の人と共著で書くときは、アルファベット順に
並べられてしまうことが多いので気をつける。
そうしないと、いつまでたってもファーストオーサーに
なれないことがある。

(和達さんは、イニシャルがWなので。)

数学の人であっても、それが中国の人などだと、
イニシャルがXもYもZの人もいるので困らない。

人は無能になるまで出世する(ピーターの法則

そうならないようにする。

清貧
noblesse oblige

巨額の研究資金うんぬんという文脈において。

社会の底辺で光を浴びずに生きる学者の生き方もある。


かつて、

太ったブタより、やせたソクラテスになれ(大河内総長)

と言われたけれど、
(国立大法人化後は)

やせたソクラテスよりは太ったソクラテス

(メタボリック症候群とか?)

人生における成功や不成功をすべて積分した結果は、
その経路によらない。 和達の積分公式。


教育論。

上の10%と下の10%は教えなくても変わらないので、
真ん中の80%を上に上がれるようにするのが教育だ。

昔は、3回に1回しか授業をしない先生とか、
毎回20分遅刻してきて、15分前には終わる先生とか
そんなのがざらにいたよ。それでも、
先生がそんなでも学生はみんなちゃんと学者になってるんだから。


講演前、身内の人たちに言っていたぐち。

この日にやれって向こうが指定してきたからやってるのに、
みんなあれこれ理由をつけて欠席の言い訳を言ってきたよ。
そのくせ、パーティーにだけは絶対出席しますから、って
どういうことだよ?

明日が私の誕生日なんです。
だから、歳を取る前に最終講義をしてることになります。


ものすごい多忙でお時間もないと思うのですが、
先生はいつ冗談を考えていらっしゃるんですか?

そんなの、そう簡単に教えるわけにはいかないよ。

昔はのんびりしていた。
研究所の所長をしていた朝永振一郎氏。
まだ本格的なコピー機などがなかった時代で、
月曜に手紙の原稿を書いて秘書に渡したら、
水曜ぐらいにタイプされたものが完成して、
次に研究所に来る金曜にそれを受け取って投函する。
それから2〜3週間したら、返事の手紙が届く。
というようなことをふつうにやっていた。
今は、E-mailは瞬時に世界中に届くし、
30秒あれば返信が書けるなんて言う人もいる。
ボスが週に1回くらいしか研究所に来なくて、
なにかおもしろいことありますか?と聞いてくるので、
こういうのがあります、と言うと、そうかー、
がんばってね。と言って帰って行く。
あるい意味で、理想的な上司に恵まれたので、
自分の好き勝手にできた。
カリフォルニアの空港で、solitonというバッグとか服
を売ってるお店を見つけたので、おそるおそる店員さんに、
私もこれと同じのを職業にしてるんです、
と話しかけたけど、まったく受けなかった。
それで、写真をとってもいいかと聞いたら、
いいと言う返事だったので、記念撮影したのがこれです。
ヤンさんからの手紙は2回もらったことがあって。
1回目はポスドクのポストに応募した返事で、
残念ながら不採用です、という残念な手紙で。
2回目は、送った論文が認められて、おめでとう
という嬉しい手紙だった。
プレプリントというのが、有名な先生に論文を送って
認めてもらう、という時代の話。
ヤン・バクスター方程式で有名なヤンさん。


なかなか質問が出なくて。

質疑応答のところでは、主催者側があらかじめ
2つ3つ質問を仕込んでおくものなんじゃないの?
そうしないと、なかなかいきなり質問しにくいよね。
それが、政府もやってる由緒正しいやり方なのに。


一番気に入っている研究は?
気障な答えだと、

The Next One. (チャップリン

でも、若い頃にやった研究が好き。


実は今日お話を聴くまで、和達さんのことは、
恥ずかしながら、よく存じ上げていなかったのだが、
お弟子さんの一人、笹本さんに習ったことがある。
ということに、講義の最後の方で、お弟子さんを
順に紹介されているところで、気が付いた。


笹本さんは大好きだったので、もしかしたら、
どこかに来ていないかなと探そうと思ったけれど、
人が多すぎて見つけられなくて、残念だった。
帰りの電車で、読もうと思って持っていた
先月の数理科学に載っていた笹本さんの記事を
やっとじっくり読んで、どきどきした。


熱統計の演習のときに、ある問題に関して、
T \rightarrow 0の極限でのふるまいを質問したら、
問題を作るときには考えていなかったようだったが、
その場で考えながら黒板で計算し、説明してくれた。
それで、鋭い指摘をしたと評価してくれたのを思い出した。
あの頃、分からないことを緊張しながら質問しに行くのや、
帰ってきたレポートのコメントを読むのが楽しみだった。


それにしても、和達さんのお話は、意外にたくさん覚えてて、
自分でもびっくりした。思い出した限りで書き出してみたら、
こんなエピソードもあった、あんなことも言ってたぞって。
ノート取らなくても記憶に残る、それくらい楽しい講義だった。


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追記(2009/06/20)

今でもごくごくたまにこのページを読みに来てくださる方が
いらっしゃるようなので、公式ページにリンクしてみます。
[和達 三樹 教授] 私の物性基礎論・統計力学 ―研究者として、教育者として―
http://ocw.u-tokyo.ac.jp/courselist/168.html
しかも、なんと!ここ↓に講義ノートと動画もあります。
http://ocw.u-tokyo.ac.jp/courselist/171.html?teachcat=2
僕のこのあいまいなメモなんてもういらないかな。


ご同僚の方やお弟子さんがコメントを寄せて下さったようで
それもうれしかったです。どうもありがとうございます。