地下で出会う

芸大の卒展を見に行って来た。


まず、都美術館の地下の方に行ってみた。
25分待ちです、という看板が出ていたので、
うぉーめっちゃすごい人手やなあと思ったら、
並んでるのはオルセー美術館展のことで、
長蛇の列を横目に見ながらすいすいと
列を横切って階段を一歩一歩下りて行く。


こちらも結構な人が見に来てて回っていて、
勝手な主観だけれど、上で並んでた人たちより
平均年齢がだいぶ若そうだと思った。
もちろん出展者の人たちが若いからというのも
あるかもしれないし、その知り合いの人だって
若い人が多そうだし、制服とかを着ている人は、
美術系の進路とかを考えて下見とかに来てたり
する人たちなのかなあとなんとなく想像した。


芸大の人の作品を見るというのは実は初めて。
話では、芸祭もおもしろいというようなことを
聞いたことはあったけれど、足を伸ばしたことはなく。
少なからず、かすかに、自分とは縁遠いのではないか。
というように思い込んでいたというフシが一つある。
もう一つは、いざ上野まで遠出してみようと
思い立つことがなかなかできなかったというのもある。
ムリを言ってバイトを休みにしてもらった一日で、
何か有意義なことに使わねばと思っていたら、
卒展が今度の月曜までだとたまたま聞いたりして、
こちらに行ってみようという気になった。


まあとにかく、変なものを作ってる人とか、
インスタレーションっぽいのをやってる人とか、
気持ち悪いのとか、ばかデカイのとか、ちっちゃいのとか、
よく分からなかったり、よく分かったり、分からなかったり、
いろんなことを思いつくもんだと感心してしまう。
のびのびとやってるように見えるのもあるし、
逆に、萎縮しているようにしか見えないのもある。
どちらがいいとか言うことではもちろんないわけで、
のびのびして見えて、実はスカスカかもしれないし、
萎縮じゃなくて、実はものすごい凝縮かもしれない。
評論家でもないのに、好き勝手書いてすみません。


作者が知り合いかどうかで見え方が変わるか、
と言われれば、たぶんずいぶん変わるような気がする。
少なくとも、どこにあるかな、と探そうとする、
という意識は必ずあって、そうやってる間は、
かなり気もそぞろで他の作品があまり見えない。
そもそも、会場にすごい数の作品が並んでいて、
とてもじゃないけど、全部じっくり鑑賞できない、
というのが本音で、とても贅沢な空間である。


目当ての作品は、ほとんど探すまでもなく、
すぐに見つかって、近付いたり後ろに回ったり、
一度離れて2階の窓から遠くに望んでみたり、
もう一度近付いたときに、作者さんが近くにいたので
おそるおそる話しかけて、疑問点などを訊いてみた。


そしたら、タイトルのいわれから、作品に込めた思いまで
くわしく語ってもらえた。それがとてもよかった。
そんなメッセージ性があるとは思いもよらない。
写真では見ていたのだけれど、実物は間近に見られて、
さわってみたら、木の彫りをなぞってみることもできるし、
スケール感とか、あれっ、こんなに大きかったんだ、とか。
人間の手がこんなものを彫れるというのがすごいなあ。
異形のひと形をした像で、6本の腕があるのだけれど、
そのどの腕の指先一本一本も、爪がきれいだなと思った。


その隣の、うねうねした何とも言えない作品は、ぬいぐるみ、
と聞いて、かなり度肝を抜かれたというか、ショックだった。
幾何学的にどういう構造になってるのか想像できないし、
たぶん硬そうだし、でも2本の木の足で立っていた。
小さな粒子みたいなものがきらきら反射して光っていて、
緑色がよく見えて、作者さんの靴と同じ色だと思ったけれど、
たまたま光の加減でそう見えただけということだった。
こちらの作品についても、もっと突っ込んで解説を聞いて
みればよかったかもしれない。


その後、屋外のとかも見てから、芸大の学内の方に
修士とかの人の展示があったんだっけと思い出して、
そっちものぞいてみることにして、歩いて行った。
大学美術館をちょっとだけ見てみて、上野公園とかで
すこしだけ話をしたことがあるような人の作品は
どこにあるのかなと思って、パンフレットをもらって
名前を探したら、いろいろな校舎に分散してるらしい。
それを見に行こうとしたら、顔見知りに出会った。
というか、その人の作品を見に行ったのだから
そこにいるのは当たり前と言えば当たり前であって。
面白そうなところを急ぎ足で案内してもらえた。


ふだん美術館とかに行く習慣とかはもちろんない。
一度にたくさんの作品を見て、それぞれ人と違うもので、
(何かしらを)突き抜けているものばかりで
ふだんの自分からかけ離れすぎた所に来てしまって、
どこかふわふわしていたので、もっと俗っぽいものに
当たって、息をつかねば、と思って、近くにあるもので、
そういえば、科学博物館があると気付いて駆け込んだ。


から揚げ弁当を食べてすぐに、360度に映像が映る
装置の中に入って3Dを見たら気分が悪くなりそうだった。
360度ではなくて、むしろ、まわりぐるっと全部
だから、4πステラジアンと言うべきだよね。
プルームテクトニクスについての映像で酔った。
大学1年のときに習ったよ、これ。小さい子が見てる。
この子たち、僕らよりぜったい頭良くなるはずだね。


展示が多すぎて、いったい何階まであるんだよ。
小さい男の子が、お父さんに、アンモナイトの化石の
光沢がどうのこうの、とか専門的なことを教えている。
あの隣にいるのはアロサウルスね、と子どもに説明する
やけにくわしい母親がいる。きっと、かなり通だ。


装置をどう動かしたら、パネルの説明通りになるのか
分からずに、なんだよこれ、とか困ってるカップルが
いたので、ここをこうしてここを見ていると干渉縞が
移動するんですよ、とついついいらぬお節介してしまう。
しっつれいしましたーとばかりに走って逃げてきた。


一番最後に、地下の一番下で、霧箱を見つけた。
宇宙線:μ-とα線β線γ線がばりばり見えた。
といっても、あんまり区別はつかなかったけれど。
この建物のぶ厚いコンクリートをつんざいてやって来て、
この瞬間も、ぼくの身体をがんがん突き抜けて行く。
なんでこんなのを見て安心しているんだろう、自分。
プラチを一生懸命、歯磨き粉で磨いたことがあるから?
エチケットより、Ora2の方がぴかぴかになるんだよ。


一瞬で消えてしまうので、ほとんどのものは、
見逃しているのだろうと思う。でも、ときどき、
長く走るやつが見えると、ちょっとうれしい。
元気がいいなあって。もっと飛程のばしてみろよ。
ずっと霧箱の前で覗き込んでる怪しい人をやる。
美術はたぶんほとんどよく分からなかったけれど、
他の人がこの楽しさをきっとあまり分からないのと
同じくらいのもので、本質は大差ないにちがいない。
閉館の合図、蛍の光が流れて来るまで、飽きずに、
霧箱にできるアルコールの霧の軌跡を眺めていた。


今日という日はすぐに消えてしまうけれど、
いったい何が残ったのだろう。
でも何かがじんとして、消えてはいない。