雨でも走れば報われる

ある目的地まで行かなければならないとき、
どしゃ降りの中では走った方が濡れない
というのは本当らしい。


宇宙空間プラズマ物理学者(長いなあ*1
ナカムラさん*2によると、

1.まず,雨粒が落ちて来ずに静止して
  いるものとしよう。この中を移動すると,
  宙に浮いている雨粒が体の前面にあたるので,
  濡れることになる。


2.雨粒が静止していると仮定しているので,
  体の上面は濡れない。
  よって,濡れるのは体の前面だけである。


3.この場合,移動中に体の前面にあたる
  雨粒の数は通過した空間の体積に比例する。
  ということは雨粒が静止している場合は,
  濡れる量は移動速度によらない。


4.実際には雨粒は下に向けて動いている
  (降っている)ので,これによって
  体の上面が濡れる。
  この量は雨の中にいた時間に比例する。


5.体の前面が濡れる量は雨粒が静止していても
  下に動いていても変わらない。


6.したがって,濡れる総量は
  雨の中にいる時間が短い方が少ない
   →走った方が濡れない。

というのが理論的な予測として考えられる*3


雨の中を体が掃く体積が同じでも、滞在時間が長い方が
その上面を通過する雨粒の数が多いということだろう。
しかし、この1〜3.だけをなぜかうろ覚えしていて、
走っても変わらないのでは?とウソをついてしまった。
すまん。風邪ひかないでね。


雨の中を走るべきか、歩くべきかという問題は古くから議論されていて、
1995年11月にイギリスの科学者、
Holden, Belcher, HorvathとPytharoulisは、
人間は基本的に立方体(cuboid)であると見なして、
理論的なモデル(HBHP)から数値計算を行い、
平均的な歩く早さを2〜3m/sと見積もると、
一生懸命走った場合でも10パーセントしか
濡れる量が減らないと結論付けた*4
よって、雨の中でわざわざ走る価値は
ほとんどないと思われた。


しかし、1997年3月にアメリカの気象学者、
Peterson, T.C.とT.W.R. Wallisは、
HBHPでは歩く速さと走る速さを速く
見積もりすぎていたことを指摘し、
簡単な計算間違いも発見した。
そして、新たに3つの要素:

  1. 雨の落下速度
  2. 走ったときに前かがみになる効果、
  3. 風によって流される雨

を付け加えた理論を考え出した*5


このモデルでは、
全く風のない軽い雨の場合には、
走っても16%しか濡れ方が減らなかった。
ところが、激しい雨の中で前かがみになって
速く走った場合、44%も濡れ方が減った!


PetersonとWallisのエライところは、
実際に実験を行って確かめたところである。
彼らはちょうどほぼ同じ体格だったため、
同じトレーナー、ズボン、帽子をかぶって、
18mm/hの激しい雨の中で実験した。


それぞれ100mのトラックを
Peterson博士は1.4m/sで歩き、
彼の衣服は217gの水分を吸収した。
Wallis博士が4m/sで疾走すると、
彼の衣服は130gの水を吸い上げた。
よって、走った方が歩いた方よりも
40%も濡れなかったことになる。
これは理論予測の44%にとても近い。


というわけでこれ*6を参考に書いたけれど、
結論としては、きつい雨の中では
前かがみになって速く走った方が
30〜50%も乾燥していられる
ということが、ある仮定の下で成り立つ。


しかし、雨がずっと降り続ける保証はない。
一過性の雨なら答えは変わるかもしれない。
すこし待ったら雨が小降りになったり、
止んでしまうことだってなきにしもあらず。
待つべきか否かは、また別の問題であるが、
これに関してはHBHP論文の最後に言及されいてる。

たとえば、雨の降り始めなどといった
降雨率が増加すると予想される場合には、
走ることが正当化され得る。この場合、
走ることによって移動時間が短くなり、
雨がひどくなる前に目的地に到着できる。


対照的に、もし雨が特にきつい場合は、
短い時間の間に降雨率が減少することが
予想される。よって、十分時間をかけて
降雨率を減少させて、軽い雨の中で
移動を終えられるように歩いた方がよい。


しかしそれでもなお、我々の大半は
予期せぬ雨に見舞われたら、雨宿り
の場所まで猛ダッシュするだろう。


雨脚が変化する可能性というのは当初の
問題設定からズレているのは無論のこと。
上の話は降雨率一定の下で議論していた。
そんないろいろ考えさせられるくらいなら、
折りたたみ傘一本あれば済むという話もある。
濡れるのが苦でない人もいるかもしれない。


それより、この問題をまじめに考えた
気象学者がいたことがおもしろかった。
米国気候データセンターの博士2人が、
勤務時間外に自ら体を張って実験して
専門誌Weatherにちゃんと載っている。
でもきっと一番楽しんでいたのは
当の本人たちなんだろうと思う。
こんな研究ができたら素敵だね。


後記:
この論文*7にもうすこし最近までのHP情報まで載ってた。
そこで紹介されてた、数値を入れると計算できるページ
いろいろ計算してみると楽しい。


それから、傘があったときの実験は例えばこれ
ビニール傘をたくさん壊してみた成果(笑)。


風があったときの答えは、傘の有無に関わらず、
それほど簡単でも、自明でもなくなるらしい。
特に、進行方向とは逆、すなわち、多くの場合は
背中側*8から風が吹き付けている場合は、
どうすべきだろう?


風の水平速度と同じ速さで進むのがよい。
という説がささやかれたこともある。
だが、必ずしもそれが最適ではないらしい。
そもそも、その説の根拠は何なのだろうか。
現実世界はさほど単純ではないようだ。


ところで、ほとんど言及しなかったけれど、
軽い雨の場合は、ゆっくり歩いたときの方が
歩いている間に服などに濡れた雨が蒸発して
乾燥するということが無視できなくなる。
水溜りがあると、走った方が水がはねるので
不利になるという違った考察もあるらしい。
その参考文献については現在調査中である。


軽く書くつもりが、かなりの長編になった。
激しい雷雨の後に夜の虹をふと想像した。

*1:この形容は、田崎さんからの引用です(笑)。
 

*2:中村匡の「極端大仏率!」のページ
 

*3:雨の中では走った方が濡れない in "極端大仏率 Returns"
 

*4:J.J. Holden, S.E. Belcher, A. Horvath and I. Pytharoulis, 1995:
Raindrops Keep Falling on My Head. Weather, 50 (11), 367–370.
 

*5:Peterson, T.C. and T.W.R. Wallis, 1997:
Running in the rain. Weather, 52 (3), 93-96.
 

*6:Karl Kruszelnicki, 1999: Running in the rain,
in "Munching Maggots, Noah's Flood & TV Heart Attacks:
And Other Cataclysmic Science Moments", Chap. 1, Wiley.
 

*7:Herb Bailey, 2002: On Running in the Rain.
The College Mathematics Journal, Vol. 33 No. 2, 88-92.
 

*8:雨の中を後ろ向きに進む人など見たことがない!