初体験。

どうしても行けなくなったから、この一枚ぜひ使って。
すごいお薦めだからと手渡されて、やけに緊張した。
話を聞いたときはそんなことがあるなんて信じられなくて、
そもそもそんなチャンスが自分にめぐって来ることが
現実に起こるとは考えもしなかった。小説とかドラマなら
ありがちなストーリーかもしれないんだけど。


その人もその昔、浪人生だった頃にやっぱり
行けなくなった別の人に一枚もらって行ってみて、
それからどっぷりハマってしまったのだという。
だから自分もいつか、余った一枚を誰かにあげよう
と心のどこかで思ってたかどうかは知れないけれど、
行けなくなって辛そうなのに、なんだかちょっぴり
清々しそうな顔をしていたのは気のせいだろうか。


どうせ周りに知ってる人とかいないんだから、
少しくらい羽目をはずして楽しんできなよ、
意外と結構ハマっちゃうかもしれないよ、
と笑いながら背中を押されて送り出された。
後でひとことでいいから感想を聞かせて、
それだけでいいんだろうか、こんなあっさり
もらってしまっていいものだろうかという
疑問はとりあえず仕舞って、行ってきます、
と元気よく言い残して出てきた。


なにせ初めてなもので、どんな服装がいいのか、
とかいうくだらないところから実は悩んだりして、
デートに行くときのような気分にたぶん近くて、
でもよく考えたらこちらはお客さんなわけで、
どちらかと言えば観客席の側にいるわけだから
そんなこといちいち気にする必要はなかった。
ちなみに、お隣は明らかに仕事帰りそのままの
スーツ姿のサラリーマン風のおじさんだった。
見てはいけないと思いつつもチェックしてしまう。


行き方はそれなりに調べてあったのだけれど、
変に緊張していたせいか、明らかに道に迷った。
そんなところでぐずぐずしているわけにはいかず、
思い切ってどうやって行けばいいのか人に訊いた。
普段なら自力で探しだそうとしてるはずだけれど、
急を要するので考えるよりも行動した方が早い。
実はもうすぐ近くまで来れてて、安心した。


無事に中に潜入すると、きょろきょろしながら
物珍しくて、周りをいろいろ観察してしまう。
時計を確認したらまだ時間に余裕があったので、
腹ごしらえしておこうとサンドイッチを頬張る。
口の中がコロッケのソース味になって変なので、
フリスクを3、4粒食べてすっきりしておく。
他にも買ったけれど、今はこれでお腹いっぱいに
なったので、後に取っておくことにした。
そして指定された席に座って、始まるのを待つ。
他にも座って待ってる人がたくさんいる。


開始のアナウンスが告げられると、照明が落とされ、
いっせいに立ち上がり始めて少しびっくりする。
きっと座ったままだろうとばかり思っていたので、
予想外で、最初だけ立ってるのかとも思ったけど
結局最後までずっと立ちっぱなしだった。
途中で休みとかが入らずに、ぶっ続けで。


どうやって動けばいいのか全然分からなくて、
適当にマネをしてみたり、明らかにぎこちない。
手をどの高さに持って行くべきなのかとか、
どうやってリズムを取ればいいのかとかいろいろ
分からなくて、なんとなくで揺れてみたり。


最初、左足の太ももにあるポケットに入れてる
ケータイが鳴ってて震えてるのかと錯覚したけれど、
よく考えたらそんなはずはなくて、途中で気が
逸れるのは嫌だし、圏外だったこともあって、
ケータイの電源は切ってあったので絶対に違う。
でもケータイが震えてて、共鳴しているんだ
ということに気付いた。それで、注意してみれば
自分の足も震えてるし、しばらくして、上半身の
胸とか肺のあたりも震えてるのを感じ始めた。


身体の芯から揺さぶられて、身体がまるごと
振動してびしびし受け止めてるのが気持ちいい。
宙を直接伝ってぶつかってくるのや、床を伝って
足の下からじんわり上ってくるのや、さらに
高さによって受ける場所と震え方も違って。


すごく気持ちよさそうに声を出している。
人間の声がこんなに力強いなんて知らなかった。
今まで、DVDとかでは見たことがあったけれど、
本物の間近だともう何もかもがまったく違った。
恥ずかしいけど自分も声を出していいんだろうか。
絶妙なタイミングで名前を呼んでる人が遠くに聞こえて、
自分も呼んでみたい、呼んでみたいと思って、
でも大きな声を出す勇気はなくてささやくように。


ここでは指を突き出すとか、このタイミングで
いっせいにジャンプするとか、ここは腕を振るとか、
いくつか決まった動作があるのを何も知らなくて、
見よう見まねで合わせてるうちにだんだん少しずつ
できるようになったし、最初のうちはそういった
動作をすることに照れがあったりもしたけれど、
いつまでも恥ずかしがってるよりは思い切って
大ぶりに動いてしまった方が気持ちいいと。


合い間にちょっとだけおしゃべりしてるとき、
関西弁に戻ってるのが、やっぱり好き。
10代の頃によく聞いていたからだろうか、
懐かしくて、もちろん新しいのも嫌いじゃないけど、
馴染みという意味では比べようもないのかも。


赤のミニスカートに黒いブーツが映えて、
ライトが消えても赤が浮き立って見えた。
上は、あれっ、何を着ていたんだろう、
顔ばかり見ていたから、思い出せないや。
激しいリアクションのたびに黒髪が揺れたり、
手の動き、特に締めるときにきゅっと止めて
ぴたりとやむときの手の所作に見とれた。


盛り上げるのが上手で、ノリノリになって、
共に高揚して、一緒に身体を震わせて、
一緒に声を出して、深い一体感を味わった。
しかも、これは今夜という一回だけで、
似たものはあったとしても繰り返しはない。
すごくよかった。嫉妬されても仕方ない。


ヤイコのライブ最高やったで。
チケットもらえて、ほんまめっちゃラッキー。
おおきに、ありがとう。