カニュリャサクスキー

『論理と感性は相反しない』を読み終わった。
山崎ナオコーラの最新作。本人いわく、最高傑作との前触れ。
ちょっと肩の力が抜けたような感じになってきたと思う。


デビュー作から読んでるけど、と言ってもそれは話題になる
ずっとずっと前に読んだので内容をすっかり忘れてしまった。
文藝賞を受賞した作品はわりとチェックするようにしてて、
若い人がもらうことが多くて、自分に近い年代の人とかが
どんなことを思い付くのかに興味があるからなんだけど。
というわけで、『人の〜』というショッキングなタイトルで
騒がれたけど、別にそういう話じゃなかった気がする、
というくらいしか憶えてない。いつか読み返そう。


その次の、『浮世でランチ』は、評価が分かれるだろうな。
でも、今回の『論理と〜』を読んだら、『浮世で〜』の
見方も変わった。上手く言えないけれど、ここにつながって
たのか、というか、やっと流れが見えたような。
今回のにボルヘスくんという人(勝手に君付け)が
出てくるんだけど、神田川(かんちゃん)のアンチポデス
という設定なのね。そう言えば、antipodesという言葉は
中学だったか高校の地理の時間に習って、日本語だと
対蹠地とか言って、地球の正反対の地点のことを指す。
ニュージーランドの南東にAntipodes Islandsってのが
あるけど、イギリスのちょうど反対側ってことなんだろう。)


作品の中でのアンチポデスはもうちょっと夢があって、
誰もが自分が立ってる地球のちょうど裏側のところに
自分の分身が立っていて、自分が動くとそれとまったく
反対に同じだけ移動してしまうので絶対に会うことが
できない存在ということになってる。
それが、神田川歩美とボルヘス
かんちゃんが親友の矢野マユミズとブエノスアイレス
に(傷心?)旅行するんだけど、そのときちょうど
ボルヘスは日本に出張する。そんな上手く行くのか
という感じはするけど、お話の中だからいいのだ。


ところで、マユミズは作家で、この本に一番最初に
登場する人物の一人(主人公がいない本なのです。)
なのだが、なぜかずっと、「マユズミ」だと思ってて、
誤読していたことに半分ぐらいまで読み進めたときに
はっと気が付いて、黛じゃなかったのかと驚いた。
それまでに何度も名前が出てきて、そのたびに
目にしていたはずなのに、思いこみってすごいな。


アルゼンチンだからボルヘスってのも安直な
気がしないでもないけど、小さいことは気にせず、
それより、最近読んだ本にボルヘスが引用されてた
のでこんなところでまたボルヘスかと意外な符合。
めちゃくちゃな拙訳だけれどこんな文章だった:

Ts’ui Penは時間を絶対だとも均一なものだとも考えなかった。
彼は無限の時間の系列、めまいがするほど成長し、分岐して収束し、
並行する時間の絶えず広がるネットワークを信じていた。
この時間のくもの巣 ―― その縒り糸は、互いに近付いたり
二股に分かれたり、横切ったり、お互いに無視し合う ――は、
すべての可能性を包含している。


ホルヘ・ルイス・ボルヘス, The Garden of Forking Paths

これじゃ意味不明だけど、物理でのmany worlds解釈
みたいなことを文学の方でやっていたらしい。
それにしても、ここまでひどい逐語訳しかできないのは
衝撃ではあった。翻訳家ってすごいと素直に感嘆。


ともかく、『論理と〜』は短編集でいろいろな長さの
お話が編まれてて、登場人物もどんどん変わるし、
一見関係なさそうな感じで最初は目移りするんだけど、
だんだん実は秘かにつながってることが分かってきて、
全体で一連のひとつの話だったという感じで完成する。
登場人物たちは全部、作者自身の分身だ、みたいなことを
山崎さんがどこかに書いてて、そう言われてみれば、
これとこれとこれとかはどう読んでも実体験なんじゃ、
と邪推してしまう(いや、それほどよこしまでもないか)
ようなエピソードがたくさん出てきて、そういう
全部が全部虚構で作り話ではなさそうなところとか、
もちろん、今までも言いたいことは書きたいように書いてた
ところは多分にあったけど、ちょっと脱力して気楽に
おもしろがりながら書いてるようでそれもいいと思う。
実際はマユミズみたいに真剣に書いてるんだろうけれど。


とここまで書いてきて、一冊すっ飛ばしてたことを
思い出したのであわてて付け足す、わけではなくて、
後でじっくり書こうと思って置いておいた*1
『カツラ美容室別室』という本があって、
これが山崎さんの作品の中では一番好きだ。
他の作品もそうだけど、話の展開とかが読めない、
というか、思考の進み方が自分と違うから分からん
部分が多くて、意表を突かれるのがおもしろい。


その感じよく表れてるのが、カニュリャサクスキー診断(コレ)。
いや、100分の1すらも表れてないけど、
カニュリャサクスキー氏のキャラ設定の方がもっといい。
「たいして暇でもないのになんでこんな下らない事」
微炭酸ニッキ2001年11月24日(土)より)
とぼやいてるところが素敵。


あなたは、何点カニュリャサクスキー?


 

*1:あっそういえば、『指先からソーダ』というエッセイ集も忘れてた。