グリグリ売りは同じ呪文を繰り返さない

ひさしぶりに本郷まで、地下鉄乗り継ぎ出かけてきた。
正門から入って安田講堂に向かって左側の建物の二階
ということだったのに、まちがってつい赤門から入ったので
一度違う建物に入りかけてそんな教室ないぞと見て回って
赤門と正門は違うんだった、そもそも安田講堂が見えないし、
夕方だけど、いくらなんでも向こうに見える建物とは違う、
と気がついてすたすた歩いて移動して正しい建物を発見。
入口に立て看板が出ていたのではっきり確信して入る。
法文1号館(登録有形文化財らしい)の215教室へ。
法学部も入ってるというところでちょっと感じるものがある。


保坂さんがゲストでトークする授業があると聞いたので、
前の日にオーガナイザーの先生の本を読んでみた。
一回性という言葉が出て来たりして、はっとする。
九鬼周造の「偶然性の問題」なども引用されてて、
合田先生にしても同じところに行き着くものかと思う。
でも、あるさびしさが漂うので、結局、この本は買わず。


早めに着いたのでまだ空いていて、適当に座ったら
どんどん人が増えてきて大入り満員でぎゅうぎゅう詰め、
後ろに椅子が余っているのに出せるスペースがなくて、
もうこれ以上入らないという感じになってきたけれど
みんな座ってるだけなので、机を移動して隙間を作れば
もっと入れますよ、と提案して机を持ち上げて移動した。
意外とみんな頭が固いのか、自分だけ座れたらいいのか。


最初は博士論文を執筆中の学生がレジュメを元に発表。
でもなぜご本人を前にして、一人のファンがずっと
質問と言う名の感想をだらだら言っているのか不明。
配られた紙には、保坂さんの言葉が随所に引用されてて
それに対するコメントがぎっしり書き込まれていて、
途中でたまらず、保坂さんがこれ誰が書いた言葉?
と聞いたら、太字の部分は保坂さんの言葉ですと、
えー覚えてないなあと言って、本とかになった言葉でなく、
ウェブに書いたような言葉まで引用していたらしく、
書いたご本人も見たことないタイトルだと思われて
忘れていたりして、そういうのをいちいち列挙して
これらの文章の間の関係性とかについてお聞きしたい、
とか無茶苦茶だし、はっきり言って揚げ足取りだし、
そんなのを予定時間を大幅に超えて1時間近く続けて
拷問みたいな時間があって、へとへとに疲れた。


それから、今挙げた質問に対する保坂さんの回答
という時間になって、やっとご本人がしゃべることが
許されたら、ずっと前に書かれた誰かの言葉とかを
一生懸命真剣になって考えるのはその人にとって
乗り越える問題であったり重要だったりするんだけど、
はっきり言って今指摘されたことは陽明学朱子学
みたいな問いかけで、そんなのどっちでもいいし、
はっきり言ってくだらないよと一刀両断にされたので、
そうだよ、やっぱりご本人を前に重箱の隅をつっついて
失礼じゃないか、この頭でっかちの発表者くんと思った。
保坂さんの小説はおもしろいと一言で片付けながら、
小説論についての細かいところをどういうことなのか
説明して欲しいとか、たとえば、個が立ち上がるとは
どういうことか、とかそんなの質問することじゃないだろ、
ほとんど怒りがこみ上げてくるくらいなんなんだこの人
と思って、ずいぶん図々しいファンだけど、なぜか
それが許される場なのかばかばかしく変な授業だった。


というわけで、前半は死にそうになりつつも耐えしのび、
後半は保坂さんが自由に発言できるようになったので
独自の小説論や小説観、というより、保坂さんなりの考え方
をのびのびと発言され始めたので、いつも通り面白くなった。
いろいろなところで書かれたり、発言された言葉の間の
細かい整合性がどうのこうのとか、そういう読み方は
文学とか哲学とかの人がやってることなのかもしれないけど、
そういうやり方を保坂さんの言葉に対して当てはめるのは
相当場違いな感じがして、もっと全体性とか、読んでる時間とか、
なんとなくこういう方向性みたいな漠然としつつも確かにある
何か大きな流れを大切にされてる書き方、考え方に対して、
的外れな他流試合に呼び出して、逆にそれじゃつまらないよ
と一蹴されてて、オーガナイザーの先生が司会なんだけど
まとめようとする言葉がやっぱり保坂さんからはズレてて、
まあそれはそれで、ズレの起源という話を保坂さんがされて
まさにそれを体現していると思うことにすればよいのか。


最後に保坂さんは、小説家とは何かということについて、
「小説家はグリグリ売りだなあ」と感慨深げにおっしゃった。


『グリグリを売りに来た男の呪文』「新潮」2007年1月号
前編はここ中編がこれ、そいで、後編をここに。
(長いけれど、読んでみてください。せめて後編だけでも。)
ミシェル・レリスが呪文を唱えるように促すと、
グリグリ売りは同じ呪文を繰り返したりはしない。
レリスは記録したいから同じのを繰り返して欲しくて、
怒りそうになるんだけど、決して繰り返してくれない。

誰か通訳してくれる人がいないと伝わらないかもしれないけど、
でもまあ、誰も通訳してくれなくて、それで通じなくてもいい。
それに通じる部分はつまらないし、通じさせるなんて卑怯だよね。

それをして、小説家のやってることはグリグリ売りと一緒であると。


最初の方はこれは失敗したと思ったけれど、
そうじゃなくて、やっぱり聴きに行ってよかった。
外に出たらもう暗くなっていた。急ぎ足で帰った。