発音記号のためにTeXと格闘

昨日話題になったsupremumの発音記号を辞書で引いたので
ここに載せようとしたら、いきなり行き詰まって逡巡した。


いわゆる発音記号とは、国際音声記号IPA: International Phonetic Alphabet)
が正式名称で、どんな言語のどんな発音も表記できると言う。
でもどうやったら「ここ」にそれが書けるのかわからん。


TeXにはTIPAというフォントがあるらしいんだけれど、
それはともかく、自分でがんばって作ることにした。
むかし、「ならば」記号とかを自作したのを思い出して。


まず、eをひっくり返したのを出せねばなるまい。
それには\rotatebox{degree}{}を使う。ちゃんと用意されてたぞ。
\rm{e \rightarrow \rotatebox{90}{e} \rightarrow \rotatebox{180}{e} \rightarrow \rotatebox{270}{e}}


次、iの上にアクセント記号(フランス語で言うアクサンテギュ)
を付けたいのだけれど、ふつうに\acute{i}とするとなんと、
点が二つになってしまって \acute{i}、こうじゃないんだ。
iの上の点はなくしたい。悩んだ。そうだ、ギリシア語のイオタ\iota
で代用することを思いつく。ほらどうだ。\acute{\iota}。一応それらしく。


そして長く延ばすコロンみたいだけど、三角形二つが合わさったの。
ここが最難関だった。黒く塗りつぶされた三角形は新しい記号で
パッケージを使わないと厳しそう。断念して白抜きの三角で代用。
それから、記号を新しく作るために上下に重ねるためには
いろいろあるけれど、とりあえず、\stackrel{上}{下}で。
ただし、上の方が勝手に文字が小さくなるので調節する。
横向きの三角\triangleright \triangleleftをさっきの回転と合わせ技。
白抜きなのは妥協だけれど、\stackrel{\rotatebox{90}{\triangleleft}}{\rotatebox{90}{\small{\triangleright}}}こんな感じに作れた。


最後に、数式環境のためかイタリックになってしまうので、
\rm{}を全体につけてローマ字にしたいのだけれど、
そしたら、回転したΣの変なのが付いたので変だった。
部分的に\rm{}をつけたら消えたので何だったんだろう。


というわけで、supremumの発音は、

  1. \rm{s\rotatebox{180}{e}pr\acute{\iota}}\stackrel{\rotatebox{90}{\triangleleft}}{\rotatebox{90}{\small{\triangleright}}}\rm{m\rotatebox{180}{e}m}
  2. \rm{supr\acute{\iota}}\stackrel{\rotatebox{90}{\triangleleft}}{\rotatebox{90}{\small{\triangleright}}}\rm{m\rotatebox{180}{e}m}
  3. \rm{sjupr\acute{\iota}}\stackrel{\rotatebox{90}{\triangleleft}}{\rotatebox{90}{\small{\triangleright}}}\rm{m\rotatebox{180}{e}m}

のどれかになるらしい。eのところで延ばすのか。
そう言われてみれば、数学科の数学の先生は
サプリマムとかスープとか言ってた気がする。
でもあんまりeで延ばしてた記憶はないけれど。


TeXソースはこんな感じ

  • \rm{s\rotatebox{180}{e}pr\acute{\iota}}\stackrel{\rotatebox{90}{\triangleleft}}{\rotatebox{90}{\small{\triangleright}}}\rm{m\rotatebox{180}{e}m}
  • \rm{s(j)upr\acute{\iota}}\stackrel{\rotatebox{90}{\triangleleft}}{\rotatebox{90}{\small{\triangleright}}}\rm{m\rotatebox{180}{e}m}

むだに苦労の跡がにじみ出る。


でも今、もっと簡単な書き方に気付いた。
延ばす記号はひとつずつ回転して積み上げてたけれど、
素直に横に並べたのを一緒に回転すればいいだけじゃん。
\triangleright\triangleleft \rightarrow \rotatebox{90}{\triangleright\triangleleft}
こうすれば、上下のバランスも一番きれいだし簡単に書ける。


\rm{s\rotatebox{180}{e}pr\acute{\iota}\rotatebox{90}{\triangleright\triangleleft}m\rotatebox{180}{e}m}
\rm{s(j)upr\acute{\iota}\rotatebox{90}{\triangleright\triangleleft}m\rotatebox{180}{e}m}

  • \rm{s\rotatebox{180}{e}pr\acute{\iota}\rotatebox{90}{\triangleright\triangleleft}m\rotatebox{180}{e}m}
  • \rm{s(j)upr\acute{\iota}\rotatebox{90}{\triangleright\triangleleft}m\rotatebox{180}{e}m}

うーんしかし、今度は文字の位置がずれたので直したい。
でももういいや。やっぱり最初に作った方が愛着もある。
あと、アクセントを付けるときはiやjの点が邪魔なので、
\imath \imathや\jmath \jmathを使うらしいと知る。そうだよね。


ちなみに、反対の意味の下限infimumは

  1. \rm{{\footnotesize{I}}nf\acute{a}{\footnotesize{I}}m\rotatebox{180}{e}m}
  2. \rm{{\footnotesize{I}}nf\acute{\imath}}\stackrel{\rotatebox{90}{\triangleleft}}{\rotatebox{90}{\small{\triangleright}}}\rm{m\rotatebox{180}{e}m}
  • \rm{{\footnotesize{I}}nf\acute{a}{\footnotesize{I}}m\rotatebox{180}{e}m}
  • \rm{{\footnotesize{I}}nf\acute{\imath}}\stackrel{\rotatebox{90}{\triangleleft}}{\rotatebox{90}{\small{\triangleright}}}\rm{m\rotatebox{180}{e}m}

\footnotesize{I}がちょっと凝ったところ。


ところで、これらの発音記号には名前が付いている。

英語とかドイツ語のアクセントのない音節によくでてくる
「あいまい母音」とか、フランス語の「e」の発音をあらわす
[ə]は「schwa[ʃwɑː/シュワー]」っていう。
これはヘブライ語の「שוא〔šəwā〕[シェワー]」で、
文字をとったわけじゃないんだけど、この手の音をあらわす
母音記号がヘブライ語にあって、その名まえをつかってる。

発音記号の名まえ おもしろい。


ユニコードとかで実は発音記号出せたんじゃないか
っていう気もだんだんしてきたところだけれど。


全然関係ないけど、このグルムキー文字というのが
何かで検索してたら引っかかって、これすごくない?
難しすぎなさそうでいて、とても奥が深そうな姿形。
こういう文字を操れる人って相当頭いいんじゃないのかな。
難しいという意味においてなら梵字とかもそうだけど、
まあでも漢字だって結構取っかかりは相当なものか。
そもそもこれらの文字を書くのが難しいということについて、
わざわざ身体性に厳しさを課しても、なぜ残ったんだろう。


唐突に思ったこと。そのせいで苦労したとしてもなお、
表意文字の文化に生まれたというのはひとつの僥倖だ。