動いたつもりで意図もあるのに

気を取り直して、おもしろい論文でも読もう。
気になってる論文はたくさんあるし、PDFの嵐で、
その中で印刷してあるものも結構な量あるけれど、
一番おもしろそうなのに目を通すことにした。

Movement Intention After Parietal Cortex Stimulation in Humans
Desmurget M, Sirigu A, et al.
Science. 2009 May 8;324(5928):811-3. (Abstract)


後で気が付いたけれど、著者のAngela Siriguは昨日も出てきた人。
CVに写真が載ってた。)


脳腫瘍の外科手術のために開頭した被験者さんの大脳皮質を
直接電気刺激(その名もDirect Electrical Stimulation, DES)。
刺激した場所はPP, Posterior Parietal(BAs 7, 39, 40)
とPM, Premotor(BA 6)。
その位置を示したFigure 1がきれい。しかもその凡例がすごい。

● Unconscious movement
▲ Conscious motor intention
* Illusory movement

●印はBA 6の方に散らばってて、▲と*印はBAs 39, 40に乗ってる。


DESと同時に筋電(EMG)を測っていて、
実際に運動が起こったかどうか判定する。
せっかくなのでここで筋肉のお勉強だ。

  1. TR, triceps: 三頭筋
  2. BI, biceps: 二頭筋
  3. FDS, flexor digitorium superficialis: 浅指屈筋
  4. FCR, flexor carpi radialis: 橈側手根屈筋
  5. EDC, extensor digitorium communis: 総指伸筋
  6. ADM, abductor digiti minimi: 小指外転筋
  7. FDI, first dorsal interosseous: 第1背側骨間筋
  8. OP, opponens pollicis: 母指対立筋
  9. OO, orbicularis oris: 口輪筋
  10. DE, deltoid: 三角筋
  11. ECR, extensor carpi radialis: 短橈側手根伸筋
  12. ECU, extensor carpi ulnaris: 尺側手根伸筋
  13. FCU, flexor carpi ulnaris: 尺側手根屈筋

本文には顔、手、手首、肘、膝、足の12の筋肉を記録した
と書いてあるけどそれより一個多い!図は13種類載ってる。
(Digitoriumはdigitorumの綴りの方が一般的かも。)


被験者は全部で7人(そのうち、PP3人、PM4人)で、
双極電極で2, 5, & 8mAで1, 2, & 4sec電気刺激。
それぞれPP or PMのいろいろなところを刺激して
どんな感じがするかを口頭で報告してもらった。


PPを低い強度で刺激すると唇を舐めたくなったり、
("I felt a desire to lick my lips.")
強度を強くすると、「私は口を動かしてしゃべったけど、
何と言ってた?」と言ったが、実際には動いていない。
またもう一人、手や足について同じような結果が出た。
また、他の被験者は、胸を動かしたくなったり
(She felt "like a will to move" her chest.)
他の場所の刺激で腕についても同じ言葉を言った。


つまり、低い強度でPPを刺激するとmotor intensionが生じ、
さらに強度を上げると、EMGが反応せず実際には運動が
生じていないにもかかわらず、動いていると感じる
illusory movementが生じた。
おもしろいのは、教示を与えていないにも関わらず、
すべての被験者が"will", "desire" や "wanting to"
という言葉を自発的に(spontaneously)使ったこと。
これは随意的な運動意図の特徴であり、自己に帰属する
内発的なものであると考えられる。


一方、PMの刺激は手足や口を実際に動かしたが、
意識的な意図や自覚がなかった(Unconscious movement)。
たとえばある被験者の場合、刺激している間
左の手首、指、肘の多関節運動、腕の回転をしたが、
彼は自発的にそのことには言及せず、動きを感じたかと
訊かれても否定した。刺激の強度を上げると運動も大きく
なったが、同じく被験者は運動に全く気付かなかった。


まとめると、後頭頂葉の刺激では運動の意図を生じ、
実際には運動が生じないのに動いたと被験者は報告した。
また、運動前野の刺激では手足や口が実際に動いたのに
被験者はそれを意識的に検知しなかったということ。


著者らの主張をまとめるとこういうことらしい。
運動の意図と気付きは、運動が実行される前に
頭頂活動の増加の結果として現れるのではないか。
そして、運動を実行しているという主観的な
(幻覚の可能性のある)感覚は、運動それ自体からは
生じず、それ以前の意識的な意図と予測の結果から
生成されるということが示唆される。


先行研究で、補足運動野(SMA)への刺激によって
本人の意志を超えて動きたい抑えがたい願望と似た
運動の衝動を引き起こすことが知られていた。
SMAの運動意図の生成への関わりが示唆されるが、
今回PPへの刺激で得られた内発性の意図とは違って
強制的(imperative)な意図であり、高い電流では
実際の筋肉収縮も引き起こすという違いがある。
よって、どちらも運動意図に関係するとしても
それぞれ運動計画の異なる段階にあると考えられる。
頭頂葉による意図は感覚の予測と関係した処理で、
補足運動野での意図は運動指令の方により関係する。


リファレンスを見ると、Libetが引用されていて、
著者のSiriguの論文もあるけれど、それより
Haggardの論文がかなりたくさん引用されてるなあ。
と思ったら、PERSPECTIVESがHaggardだった。

The Sources of Human Volition.
P. Haggard (2009)
Science 324, 731-733. (Abstract)


Desmurget, et al.の結果をふまえてよくまとまった
概念図が書かれていてわかりやすい。
意志(volition)の意識的経験に頭頂皮質が貢献する。
次なる謎は、頭頂における感覚の側面におけるそれと、
前頭における運動の側面における体験がどう違うのか
を明らかにすることである、と締めくくっている。


Motor intentionについて運動野より前の方は
よく調べられていたけれど、後ろは盲点だった
という感じなのかな。感覚寄りのところを刺激して
動きたくなるというのは想像しにくいからなあ。


でも、動かしたいという衝動というよりは、
動かしたときのような感覚があるんだから、
自分は動かしたかったのに違いない、というか
そうでなかったらこの感覚と矛盾してしまうと
後付け解釈で意図を生成しているのがPPかも。
逆に、PMの刺激だと勝手に動いてしまうんだけど
自分で動かしてるという感覚が作り出せないから
動いていないと否認することで整合性を保つ。


もしそうだとして、つじつま合わせ以外の意図
っていったいなんなんだろうって思うよね。
普段は意図と実際の運動が乖離したりしないから
問題にならないけれど、何のために意図が生じる?
でもたしかに、自分の身体が勝手に動いてるだけで
それを冷静に傍観しているだけなのだとしたら、
自分がないというか、そんなの自分の人生ではない。


と言ってる「自分」が何なのか分からないから説明に
なってないけれど、自分の身体を動かしている自分
という操縦感がないと楽しくないから作るんだろう。
自分の身体くらい自分の支配下に置きたいって
結構わがままな存在かも、脳って。身体の一部なのに。
その都合のよさが自分を担保してくれるとしても。